ドイツで初の女性首相誕生が確実に:大連立が成立の見通し、首相にメルケル女史、経済大臣にシュトイバー氏
中央ヨーロッパ時間10日、9月18日に行われた選挙で最大勢力となったキリスト教民主同盟(CDU)・キリスト教社会同盟(CSU)と、第一党となった社会民主党(SPD)の連立予備折衝が基本合意に達し、CDUのアンゲラ・メルケル党首が首相となることがほぼ確実となったことが明らかとなった。
午後2時半頃から、CDUのアンゲラ・メルケル党首、SPDのフランツ・ミュンテフェーリング党首、CSUのエドムント・シュトイバー党首らが立て続けに各々記者会見を行った。
9月18日の選挙の結果、当初想定していた連立相手(SPDと緑の党、CDU・CSUと自由民主党(FDP))では過半数が取れないことになったため、連立相手を決めるために予備折衝が行われていた。初めは信号機連立(SPD・緑の党・FDP)やジャマイカ連立(CDU・CSU・FDP・緑の党)も検討されたが、結局もっとも現実性の高い大連立(CDU・CSUとSPD)だけが残り、この方向で予備折衝が行われていた。
しかし、そもそも誰を首相にするかという一番初めの問題で躓き、折衝は難航した。すなわち、選挙により第二党となったCDUと第六党となったCSUは、連邦議会内で会派(Fraktion)を組んでおり、連邦議会内で最大会派となるため、わが会派こそが首相を出すべきであると主張した。しかし、CDUとCSUは政党(Partei)としては別個の政党であるため、SPDは、わが党こそ第一党であり、第一党のシュレーダー首相が続投すべきだと主張した。そして、どちらが首相を出すかでこの3週間ずっと揉めていた。
CDUとCSUの政治的主張はほぼ同じ(中道保守)であるが、CSUはバイエルン州にのみ存在する政党であるのに対し、CDUは他の15州にのみ存在する。バイエルンにはCDUは存在せず、他の15州にはCSUは存在しない。要するに、CSUは、日本でいえば北海道だけに勢力を有する「ムネオ新党」(新党大地)のようなものだが、CSUはバイエルン州の政治を完全に掌握している(単独で州議会の過半数を有し、州内閣を組織している)点が異なる。
バイエルン州はドイツで二番目に大きな州(面積・人口・経済力)だが、最大の州であるノルトライン=ヴェストファーレン州が長年SPDに握られてきたため(今年5月にSPDがこの州の選挙で敗北したことが、SPDに連邦議会解散総選挙を決めさせた原因となった。つまり、それほど大きな政治的インパクトがあった)、CSUは、CDU・CSUの中で独特の強大な影響力を発揮してきており、2002年の選挙では同党のシュトイバー党首(バイエルン州首相)が連邦首相候補になった。
SPDのシュレーダー首相、ミュンテフェーリング党首、CDUのメルケル党首、CSUのシュトイバー党首の四者会談などが行われた結果、最大会派のCDU・CSUのメルケル党首(選挙戦で連邦首相候補とされた)が連邦首相に就任することで、ようやく話がまとまった。
しかし、首相をCDU・CSU側に譲る代わりに、SPDはかなりの譲歩を勝ち取ったと見られる。議席数はCDU・CSUが226議席、SPDが222議席で4議席差があるが、両会派の「目線は同じ高さ(gleiche Augenhöhe)」であるとされ、閣僚数は8ずつ割り振られるとされる。しかも、首相と官房長官を除いた専門大臣の数は、SPDが8なのに対して、CDU・CSUが6となるため、この点でCDU・CSU側が大きく譲歩した感は否めない。
今回の合意では、首相がメルケル党首になることと、内閣の編制(省の分割・統合)と閣僚数の配分、連邦議会議長をCDU・CSU側から出すことくらいであり、政策に関する細かい連立交渉や大臣就任者の決定などはこれから行われる。いずれも、あと1か月程度はかかると見られている。そして、メルケル党首が正式に首相に就任するのは、それらがすべて終了してからである。つまり、「メルケル首相」が誕生するのは、およそ1か月後である。また、連立交渉が頓挫した場合は、「メルケル首相」もお流れになるわけであるが、そうなる可能性も零ではない。
この点、すでに首相選出も組閣も済んでいる日本とはかなり対照的である(日本の総選挙とドイツの総選挙の間には、1週間の差しかなかった)。もっとも、従来の閣僚(SPDと緑の党)が引き続き職務を行っており、特に政治的危機が生じているわけではなく、現にパキスタンにも迅速に軍の救援部隊を送っている。とはいえ、ドイツの組閣がこれだけ遅れているのはやはり異常である。
実は、総選挙後、現在までの間に、EUとトルコの加盟交渉開始や、ドイツ・ロシア間のガスパイプライン敷設契約締結など、SPD(と緑の党の連立)が政権についている方が都合のよい政治的できごとが起こっている(メルケル党首は選挙戦でトルコのEU加盟に明確に反対していたし、CDU・CSUは外交的には合衆国との関係を最重視する)。したがって、予備折衝にこのように長い時間をかけたこと自体が、SPDに対する譲歩であると見ることもできないわけではない。
〔新政権の構図〕
新政権においては、CDUのメルケル党首が首相に就任することが確定している。また、官房長官(ChBK = Chef des Bundeskanzleramtes)もCDUから出される。但し、ドイツの官房長官は、日本と異なり、ひたすら裏方に徹するので、メディア等への露出はほとんどない。
経済労働省は経済分野と労働分野に分割され、また、教育科学技術省は教育分野と科学技術分野に分割され、経済分野と科学技術分野をまとめて一つの省にする。そして、この経済科学技術省の大臣に就任することが確実とされているのが、CSUのエドムント・シュトイバー党首(バイエルン州首相)である(本人もそれを認める趣旨の発言を繰り返している)。
バイエルン州首相が連邦の経済大臣になるということは、さきほどの北海道の例えを使えば、北海道知事が国の経済産業大臣になるようなものであり、奇異に感じられるかもしれないが、ドイツでは、州首相が直接選挙ではなく(議会の多数派により選出される)、地盤的なつながりよりも政党の基盤のほうが強力なため、このようなことが割と頻繁に起こる。
そのほか、CDU・CSUに配分されるといわれているのが、内務大臣、消費者農業大臣、家族大臣、教育大臣、防衛大臣の5つのポストである。内務大臣には、ヴォルフガング・ショイブレ前党首、家族大臣にはウルズラ・フォン・デア・ライエン(Ursula von der Leyen)ニーダーザクセン州社会大臣が有力視されている。
これに対し、SPDに配分されるポストは、外務大臣兼副首相、財務大臣、労働大臣、経済協力開発大臣、法務大臣、衛生大臣、環境大臣、交通大臣の8つである。
もともと、外務大臣兼副首相には、シュレーダー首相の就任が有力視されていたが、シュレーダー首相が固辞しているといい、別人が就任する可能性が高い。SPDのミュンテフェーリング党首、ペーター・シュトルック防衛大臣、オットー・シリー内務大臣などの名前が取り沙汰されているが、未定である。
なぜシュレーダー氏が固辞しているかは明らかになっていないが、ドイツでは首相の権限が強いため(「首相原理(Kanzlerprinzip)」と呼ばれる)、首相の一存で閣僚を罷免して別人を任命してもそのまま内閣を継続して行くことができる。シュレーダー首相は、オスカー・ラフォンテーヌ(Oskar Lafontaine)元党首やルドルフ・シャルピング(Rudolf Scharping)元党首などの政敵を、閣僚から外す手法で葬っており、下手に入閣すると自分がこの手法でやられると考えた可能性もある。
シュレーダー氏が入閣しない場合、その後何をするかは不明である。前述のガスパイプラインのロシア側の請負会社であるガスプロム社の顧問になるという噂もあるが、真相は不明である。
ウラ・シュミット(Ulla Schmidt)衛生大臣、ブリギッテ・ツュプリース(Brigitte Zypries)法務大臣は留任が有力視されている。
〔ドイツ史上初のカンツラリン(女性首相)〕
なお、メルケル女史は、ドイツ史上初のカンツラリン(Kanzlerin)になると報道されている。このカンツラリンなる概念については、少し説明を加える必要があるだろう。
第二次世界大戦の敗戦によりドイツが分割されるまでは、ドイツ人の国家をドイツ・ライヒ(Deutsches Reich。「ドイツ帝国」と訳されることもあるが、共和政でもライヒと呼ぶので、厳密には間違いである)と呼んでおり、その首相職を「ライヒスカンツラー(Reichskanzler)」と呼んでいた(ビスマルクなどはライヒスカンツラーであった)。
しかし、ドイツが冷戦により分割されてからは、かつて西ドイツと呼ばれたドイツ連邦共和国は、ドイツ人全体の国家ではないために「ライヒ」という呼称をやめ、代わりに「ブント(Bund、連邦)」と呼ぶようになった。それに伴い、ライヒスカンツラーの代わりに「ブンデスカンツラー(Bundeskanzler、ブントのカンツラーの意味)」を導入した。
つまり、カンツラー(Kanzler)というのは、現在のドイツ連邦共和国だけではなく、かつてのドイツ・ライヒを含めた首相職の名称である(なお、この「カンツラー」を訳す際に、「首相」よりも「宰相」のほうが相応しいとする見解もあるが、「宰相」とは我が国の律令官制における参議の唐名であり、参議とカンツラーは全く異なる官職であるから、むしろカンツラーの訳語としては相応しくない)。
ドイツ語には、名詞に男性形と女性形があり、理論的にはカンツラーの女性形が「カンツラリン(Kanzlerin)」となるわけだが、実際にカンツラリンなるものが存在したことはなかった。それが、今度出現することになった。それが、「史上初のカンツラリン」の意味である。
なお、ドイツには州にも首相がいるが、州の首相については、カンツラー・カンツラリンではなく「ミニスタープレジデント(Ministerpräsident)」・「ミニスタープレジデンティン(Ministerpräsidentin)」という語が使用されている。ミニスタープレジデンティンが登場したことはあるが、カンツラリンは今回が初めてである。