フランス・ドイツによる連合王国叩きと連合王国の反抗
欧州理事会(EU加盟国の首脳会議)を翌日に控えた中央ヨーロッパ時間15日、フランス・ドイツによる連合王国(イギリス)叩きと、連合王国側の反抗の泥仕合は激しさを増しており、議長国ルクセンブルクのジャン=クロード・ユンカー首相(欧州理事会で議長をつとめる)も、欧州理事会で妥結させるのはほとんど不可能だと、さじを投げる事態となっている。
現在、議論の最も大きな焦点となっているのは、1984年に成立した連合王国に対する拠出金割引の合意の存廃。
今日に至るまで伝統的に、欧州共同体の予算の最大使途は農業補助金となっているが(これは、フランスの大きな発言力の下に欧州諸共同体が結成されたことと大いに関係がある)、商工業国として発展した連合王国は、農業が産業に占める割合が低く、この点を主張して、1984年に連合王国は拠出金を割引いてもらう妥協を勝ち取った。
しかし、1984年当時13か国だった加盟国も約2倍の25カ国となり、妥協の正統性も現在では疑わしいものとなっている。加えて、EUの予算のうち、農業補助金として使用される割合も減少し、この点からも、1984年の妥協の合理性は疑わしくなっている。
このような背景から、シラク大統領が連合王国の特別扱いを問題視することを明言し、また、フランスと盟友関係にあるドイツのシュレーダー首相もこれに同調。これに対して、連合王国のブレア首相はあくまで既得権に固執する態度を見せており、他の加盟国の顰蹙を買っている(欧州理事会は全会一致でないと決議できない)。
ブレア首相の言い分は、連合王国が既得権を抛棄しなければならないのであれば、フランスも農業で得ている権益を抛棄すべきだというもの。しかし、このような主張については、あくまで2002年に成立した農業合意を遵守すべきだとして、独仏ともに冷淡。
苛立つブレア首相は、パリでシラク大統領と会見後、「ドイツ・フランスは〔EUにとって〕基盤となる機軸だが、彼らだけが機軸ではない」「〔EUは〕もはや以前のように〔ドイツ・フランスに〕リードされるわけではない」などと、感情的ともとれる発言まで行っている。
しかし、ユンカー首相が指摘するように、EU25か国中、連合王国を除く24カ国が連合王国の既得権を不満に思っていることもまた事実であり、連合王国が何らかの譲歩を行わない限りは、欧州理事会での拠出金の合意は到達不可能となる。これにより、連合王国はさらに顰蹙を買う事態となる。
フランスは、ドイツとともに、これまで欧州統合の牽引役としての役割を担ってきたが、先月末の欧州憲法条約批准の国民投票が否決されるという大失態を演じた。しかし、フランスのシラク大統領は、さしあたり、不人気のラファラン首相を辞任させることで事態の収拾を図った。
その後、さらにオランダも欧州憲法条約の国民投票を否決。これを見て、連合王国は、憲法条約批准手続の凍結を主張し、自国についても凍結するとした(連合王国では、国民の反欧感情が強いため、国民投票を行えば否決は必至と見られているので、これはいわば「逃げの一手」である)。しかし、さしあたり批准手続の継続を目指し、次回の欧州理事会で善後策を練るとしていた欧州首脳の中で、結果的に、連合王国は顰蹙を買うことになった。
さらに、その後拠出金問題が欧州理事会に向けた主要テーマとなるに至り、欧州憲法条約の国民投票でフランスが演じた失態も、だんだん影が薄くなってきた。すでに、「欧州統合の足並みを乱すのはまたもや連合王国だ」という構図になってきた印象すらある。つまり、連合王国は、フランスのスケープゴート的存在となっている。
そもそも、シラク大統領やドゥ・ヴィルパン首相をはじめとするフランスの現政権は、ドゥ・ゴール主義(ゴーリスム)の政治家たちにより構成されており、米英に対してはもともと冷淡である。また、ドイツのシュレーダー首相も、前回の連邦議会選挙で、イラク戦争不参加を前面に打ち出し、「アメリカとの友好」を唱えるシュトイバー候補を破って二期目に就任した経緯がある。実際、イラク戦争の際に、「独仏」対「米英」という構図となったことは記憶に新しい。
ただ、欧州憲法条約の批准手続に関して言えば、連合王国の主張も多少考慮されてきているようであり、最近になり、欧州委員会のフェアホイゲン副委員長・バローゾ委員長が、相次いで批准手続には「小休止」が必要だという趣旨の発言を行っている。しかし、いずれも欧州憲法条約の発効のために、そういう措置が必要だという趣旨の発言であり、これ以上の批准手続は無意味だとして凍結を主張しているわけではない。



