2005年09月05日 ドイツ情勢

ドイツで首相候補者討論会:視聴率は59.7パーセント、「経営者としての首相」前面に、トルコのEU加盟問題で明暗

2週間後の連邦議会選挙を前に国民の関心が日増しに高まるドイツであるが、中央ヨーロッパ時間4日午後8時30分から、社会民主党(SPD)のゲアハルト・シュレーダー首相と、キリスト教民主同盟(CDU)のアンゲラ・メルケル党首の一騎打ち首相候補者討論会(Duell)が行われた。

討論会は、公共放送の連合体ドイツ第二放送(ZDF = Zweites Deutsches Fernsehen。欧州最大の放送局)のベルリンのスタジオで行われ、公共放送連合体二局(ARD、ZDF)と民放二局(RTL、Sat. 1)から同時に生放送された。ARDの視聴率は27.6パーセント、ZDFの視聴率は17.2パーセント、RTLの視聴率は10.8パーセント、Sat. 1の視聴率は4.1パーセントとなっており、合計すると59.7パーセントとなった。これにより、討論会は、今年最大の視聴率を獲得したテレビ番組となった。

したがって、この討論会での議論の内容や印象は、国民の投票行動に相応の影響を与えるものと見られる。

この一騎打ち討論会は、前回の総選挙(2002年)の際に合衆国の大統領選挙に倣って導入されたもので、前回は二回行われた。「メディア首相(Medienkanzler)」の渾名もあるほどメディアを得意とするシュレーダー首相は、今回と同じく劣勢にあった前回、シュトイバー候補との討論会によって大きく勢いづき、最終的に政権を維持した経緯がある(もっとも、討論会の導入は、シュトイバー氏側の提案だったといわれる)。シュレーダー首相は、前回と同じく二度の討論会を申し込んだが、メルケル党首は一回で十分だと回答、二回目の討論会を拒否した。メルケル党首がメディアをシュレーダー首相ほど得意としていないことからの判断であると見られる。

ところが、討論会では、メルケル党首が大方の予想を上回る善戦を展開し、視聴者を驚かせた。直後の世論調査でも、シュレーダー首相については予想通りだとの回答が多かったのに対し、メルケル党首については、予想より良かったとの回答が多かった。もっとも、インフラテスト・ディマップ(ARDの調査機関)の調査によれば、総合評価では、49パーセントがシュレーダー首相のほうが説得力があったと回答しており(メルケル党首は33パーセント)、「挑戦者」メルケル党首に対して、「タイトル保持者」シュレーダー首相が横綱相撲を展開した恰好となった。

討論会の司会は、ペーター・クレッペル(Peter Kloeppel、RTL)、マイブリット・イルナー(Maybrit Illner、ZDF)、ザビーネ・クリスティアンゼン(Sabine Christiansen、ARD)、トーマス・カウシュ(Thomas Kausch、Sat. 1)が担当したが、議論の中心となったのは、税制・年金政策・経済政策・雇用政策であった。これは、国民の問題関心を反映している。つまり、イラク派兵の是非が大きなアジェンダとなった前回とは異なり、今回、内政問題が国民の最大の関心事となっている。結局のところ、高齢化・少子化により年金制度が危機に瀕し、大量の失業者(500万人近く)・鈍い経済成長(年間0.6パーセント)により歳入が減り歳出が増加し、国家的債務が増加していくという危機的状況において、いかに経済と国家財政を立て直していくか、という「国家の経営者としての首相」としてどちらが適しているか、という点がクローズアップされたといえる。この点については、詳しくは後述する。

〔トルコの加盟問題〕

EUに関しては、トルコのEU加盟問題が外交問題の中心問題として取り上げられ、メルケル党首が(EU加盟ではなく)EUとの「特権的パートナーシップ(privilegierte Partnerschaft)」を主張するのに対し、シュレーダー首相はEU加盟を主張し、この問題に関する見解の相違を印象付けた。

すなわち、メルケル党首は、EUがどこまで拡大していくかについて「境界線(Grenz)」を引く必要があり、トルコが加盟するとEUは「統合能力(Integrationsfähigkeit)」を喪失するという理由から、外交と防衛政策での協力を緊密化し、EUの防衛政策において加盟国と同等の地位を与える一方、物品・サービス・資本・人の移動を自由化する欧州域内市場(Binnenmarkt)にトルコを加えるわけではない「特権的パートナーシップ」が適当であるとの見解を述べた。

これに対し、シュレーダー首相は、トルコをEUに加盟させることに、いかなる「地域戦略的・地政学的な意義(geostrategische, geopolitische Bedeutung)」があるかをメルケル党首は理解していない、これは、前回(シュレーダー首相がイラク派兵に反対したことの外交戦略上の意味を、CDU・CSUのシュトイバー候補が理解しなかったことを指している)と同じ間違いであると激しく批判した。

また、シュレーダー首相は、ドイツはすでにトルコと経済連携協定を締結しており、すでに、トルコと「特権的なパートナーシップ」を有しているが、それは、トルコをEUに堅く結び付ける役には立っておらず、コーカサス、イラク、イランに囲まれた不安定な地域であるトルコを、もはや訣別できないくらいにEUと結びつけること、そして、その地域に欧州的な価値観を根づかせることが、安全保障上きわめて重要であると指摘した。

事実、トルコは、黒海の出口であるボスフォラス海峡とダーダネルス海峡を持っており、歴史を見ても、実際、ロシアは不凍港の獲得を目的として、トルコに戦争を仕掛けている(クリミア戦争、露土戦争)。また、キューバ危機の際にも、フルシチョフは、合衆国がトルコに核を配備していることへの対抗措置だと説明している。トルコが戦略的に重要な地域であることは明らかである。

また、シュレーダー首相は、「すべての国について、人の自由移動(Freizügigkeit)が適用除外となる可能性がある」ということにトルコはすでに同意しているのであって、メルケル党首が域内市場に関する懸念から「特権的パートナーシップ」を提唱することは的外れであるとの考えを示した。

インフラテスト・ディマップの調査によれば、外交問題に関しては、視聴者の71パーセントがシュレーダー首相の議論のほうが良かったと回答したのに対し、メルケル党首の議論のほうが良かったと回答したのはわずか19パーセントで、もっとも明確に明暗を分けた論点となった。

そもそも、すでに本紙で以前書いたように、CDU・CSUとSPDでは、外交姿勢に根本的な違いがある。

SPDは左派政党であり、伝統的に旧共産圏、現在では中国やロシアとの関係を重視する(冷戦中もSPDが政権に就くと東独との関係が融和した)。これは、外交的に合衆国とは一線を画したいフランスのゴーリスム(ドゥ・ゴール主義)外交の利害とも一致するので、結果的に、基本的に合衆国よりもフランスとの関係を重視する。このため、(合衆国との友好関係は損ねるが、欧州として利益がなかった)イラク派兵にフランスとともに反対した。また、独仏同盟という核がしっかりするので、欧州統合は進展する。

一方、CDU・CSUは、前回の選挙の際にシュトイバー候補がホワイトハウスを訪問したことからも明らかなように、基本的に親米の政党であり、欧州内では、同じく親米の連合王国と接近するものと見られているため、結果として、フランスとの距離が広がることになる(今回の選挙でも、対米関係に対仏関係と同等の重点を置くことを主張している)。したがって、欧州統合は減速する(典型的には、メルケル党首の「特権的パートナーシップ」論に表れている)。

もっとも、冷戦直後の時には、CDUの政権下でドイツ統一が実現し、欧州統合も進展したが、これは、合衆国の最大の敵であった旧ソ連(実質的にはロシア)の力を殺ぐことに力点があったためで、このときはアメリカは欧州統合を大いに支援した。そして、欧州統合は進展し、旧共産圏の中東欧8か国をEUに加えたほか、ブルガリアとルーマニアも2007年(又は2008年)に加盟の予定となっている。これは、外交的に見れば、ロシアの勢力圏が大幅に後退し、それがEU(その核は独仏同盟)に加わったことを意味する。

さらに、EUは、昨年の東方拡大の際に、中東の小島キプロスも加盟国としており、トルコとも加盟の話をほぼまとめており(あとはテクニカルな点の交渉を行うのみ、という段階まで来ている。もっとも、このテクニカルな交渉においては、トルコの抜本的な改革が必要なため、10年~15年の時間を見ている)、着実に中東への進出を進めている。

一方、合衆国はイラク戦争によりイラクの石油利権を確保したが、イラクとトルコは直接に国境を接している。また、合衆国は同様の方法でイランの利権を確保するのではないかとの予測もあるが、その場合には、合衆国・EU・ロシアがコーカサス(黒海とカスピ海に挟まれたコーカサス山脈一帯の地域で、天然資源が豊富)で互いに対峙することになる。実際、グルジア(スターリンの出身地)では合衆国の支援で「バラ革命(Rose Revolution)」が起きたし、EUは再三再四ロシアのチェチェン共和国弾圧を非難している。

要するに、EU・合衆国・ロシアの三者間の関係の間は、互いに複雑な権謀術数が展開されているのであり、互いが強力な競争相手であるという認識の下に、友好関係と敵対関係を組み合わせて使い分けているのである。

なお、フランスにも、ギリシア系・ユダヤ系・ハンガリー系の血統を有するサルコジ内務大臣(与党党首)や、ジスカール・デスタン元大統領・欧州コンヴェンション議長のようなトルコ加盟反対派がおり(ギリシアとトルコ、イスラームとユダヤは、それぞれ歴史的に規定された対立を抱えている)、メルケル女史がドイツの連邦首相になった場合には、フランスでのトルコ加盟反対論が俄に活気付く可能性もある。

その一方、メルケル党首は、EU指令の国内法転換に関しては、完全に転換することが重要であるとしてシュレーダー首相を非難しており、経済共同体としての欧州統合については、メルケル女史が首相になった場合にも、引き続き進展していくものと見られる。

また、エネルギー面に関しては、原子力発電に反対しているのはSPDと緑の党の連立政権のほうであり(緑の党が特に強硬である)、むしろ、CDU・CSUのほうが、原発を積極的に推進している。特に、メルケル党首は自身が原子力の研究者であり、コール内閣で原子力大臣をつとめて原発を推進していた。フランスは石油エネルギーへの依存を嫌い、エネルギーの自給のために積極的に原発による発電を行っているが、これは、合衆国から距離をとり、外交的な独自性を確保するためである。

そもそも、メルケル党首はコール首相の「娘(Mädchen)」と呼ばれていたように、コール首相の意中の後継者である。コール首相は、欧州統合に積極的にコミットし、ユーロ導入を推進していた人物である。したがって、CDUは親米であるといっても、単なる追従ではなく、親米であることを利用していかに欧州の利益に叶うかを考えて外交を行ってきたとみることができる。メルケル党首も、NATOではなくEUの枠内でのトルコとの外交・安全保障政策での関係緊密化が不可欠と明確に述べているのであり(NATOとEUの一番の相違は、合衆国が加盟しているかしていないかにある)、CDUが政権をとった場合でも、基本的に、欧州統合は引き続き進展していくものと見られる。

〔税制〕

メルケル党首が、ハイデルベルク大学のパウル・キルヒホーフ教授(元連邦憲法裁判所判事)を専門チーム(Kompetenzteam)の一員に迎え、実質的な財務大臣候補に指名したことで、税制が今回の選挙戦でもっとも熱いテーマとなった。というのも、キルヒホーフ教授は、現在、ドイツの付加価値税(日本の消費税に相当)の税率は16パーセントであるが、これを25パーセントにまで増税し、代わりに複雑な税制を一挙に簡素化することを提唱しているからである。付加価値税は、所得税のような累進性がなく、また、最終的に消費者に負担がすべて転嫁される(つまり、実質的に企業の負担分はない)ため、付加価値税の増税による税制の簡素化は、実質的に、企業や富裕層に対する減税となる。

もっとも、CDU・CSUの税制案は、キルヒホーフ案ほど大胆ではなく、付加価値税の増税は2パーセント(つまり、18パーセントへの増税)にとどまる。そして、環境税(Ökosteuer)を撤廃し、所得税を3パーセント減税し(最低税率を15パーセントから12パーセントに、最高税率を42パーセントから39パーセントに下げる)、多岐に亘る税法の例外規定(節税のトリックに使われていると非難されている)を廃止することを主張している。

しかし、シュレーダー首相は、警察官・消防隊員・看護婦などの夜間就業・休日就業の税制優遇措置を廃止することは不正義であると攻撃、また、キルヒホーフ構想が実現した場合には、州(ラント)の税収は激減するため、州が管轄を有する教育・研究や公安活動などを圧迫すると非難した。

なお、SPDは、付加価値税の増税に反対する一方、25万ユーロ以上の収入がある者に対しては3パーセントの所得税増税を行い、他方で法人税を25パーセントから19パーセントに減税すると公約している(CDU・CSUは22パーセント)。

インフラテスト・ディマップの調査によれば、税制に関しては、シュレーダー首相の議論のほうが良かったとした視聴者が49パーセント、メルケル党首の議論のほうが良かったとした視聴者は38パーセントであり、シュレーダー首相に軍配が上がった。

〔雇用政策〕

500万人近くの失業者は、一方で経済成長を妨げ、他方で社会保障費(失業保険など)を増大させているため、大きな問題となっている。

シュレーダー首相は、ハルツ第四法律(Hartz IV。ハルツは人名)による改革(失業保険の支給期間を半減させ、社会扶助(Sozialhilfe)と失業扶助(Arbeitslosenhilfe)をひとまとめにするなどの改革)の後は、失業率は減少傾向にあると主張した。

これに対し、メルケル党首は、現連立政権の政策ではまったく解決されていないと非難、遺伝子規制をEU水準まで引き下げ(ドイツは特に化学工業が重要産業となっているので重要だと指摘)、労働時間規制を緩和するなどの規制緩和措置を行い、技術革新を促進し、電気代の低下などにより企業環境を整えることにより(CDUは原発推進による電気代の低下を公約している)、企業誘致や雇用拡大を推進すべきだとした。

インフラテスト・ディマップの調査によれば、雇用政策に関しては、シュレーダー首相の議論のほうが良かったとした視聴者が35パーセント、メルケル党首の議論のほうが良かったとした視聴者は46パーセントであり、メルケル党首に軍配が上がった。

〔年金〕

ドイツでも少子化・高齢化による年金制度の崩壊が危惧されており、現に財源をかなりの程度(保険料ではなく)税収に頼るようになっている。ドイツの年金保険制度は、1950年代以来、賦課方式(徴収した保険料をそのままその年の年金の財源にする方式)をとってきたが、この方式では崩壊することが明らかなため、2000年に積立方式(徴収した保険料を積み立てて運用する方式)の「リースター年金(Riester-Rente)」(「リースター」は人名)が導入された。

しかし、これでも年金制度は崩壊するので、CDU・CSUの政策綱領は、(長いことで有名なドイツの)教育期間を短縮して就職年齢を引き下げるとともに、高齢者の就業機会を増やして退職年齢を実質的に引き上げることによって、保険料収入を増やし、その一方で(公的年金ではなく)私的年金(private Rente)・企業年金(betriebliche Rente)に力点を移していくことにより、この状況を乗り切ることを謳っている。

SPDも現状認識と今後の展望をCDU・CSUをほぼ共有しており、政策の点では余り違いがない。ところが、シュレーダー首相は、キルヒホーフ氏が「年金保険を自動車保険と同じようにするとよい」と言った(とされる)点を攻撃。「これは人間とモノ扱いするものであり信じられない」といった(デマゴーギッシュな)論を展開し、激しく非難した。

メルケル党首は当然反論したが、視聴者には受けたらしく、インフラテスト・ディマップの調査によれば、年金に関しては、シュレーダー首相の議論のほうが良かったとした視聴者が51パーセント、メルケル党首の議論のほうが良かったとした視聴者は37パーセントであり、シュレーダー首相に軍配が上がった。