2005年08月09日 ドイツ情勢

ドイツ連邦議会解散:連邦憲法裁判所で口頭弁論

ドイツ連邦憲法裁判所(BVerfG = Bundesverfassungsgericht)の第二法廷(Zweiter Senat)=裁判長:ヴィンフリート・ハセマー(Winfried Hassemer)同裁判所副長官(66)=は、中央ヨーロッパ時間9日、さきにゲアハルト・シュレーダー連邦首相の提案に基いてホルスト・ケーラー大統領が行ったドイツ連邦議会解散の合憲性について、口頭弁論を開いた。

与党社会民主党(SPD)のシュレーダー首相とフランツ・ミュンテフェーリング党首は、5月22日に、ノルトライン=ヴェストファーレン州選挙の敗北(同州はドイツ最大の州であり、連邦理事会(Bundesrat、別訳:連邦参議院)での6議席喪失を意味する)を受けて、解散を決めていた。

ドイツの基本法(Grundgesetz、事実上の憲法)68条によれば、連邦首相が連邦議会の解散を連邦大統領に提案できるのは、自らに対する信任案が否決された場合であるとされている。そこで、6月27日にシュレーダー首相が基本法68条にのっとって信任案を提出し、自らそれを否決するようキャンペーンを張った上で、与野党の賛成多数で否決するという、ある意味脱法手段的な手法により、解散の提案を行っていた。

そして、この提案に基き、7月21日にケーラー連邦大統領は、連邦議会を解散した。しかし、基本法によれば、「解散することができる」とされているので、必ず解散しなければならなかったわけではなく、特に、国家行為の認証者としての立場上、手続が違法である場合にはそれを認めない義務があった。

このような観点から、与党緑の党のヴェルナー・シュルツ(Werner Schulz)議員とSPDのイェレーナ・ホフマン(Jelena Hoffmann)議員が連邦憲法裁判所に機関争訟(Organstreit)を提起し、解散総選挙の違法性を訴え、9月18日に予定されている総選挙を阻止しようとしている。

折りしも、我が国では参議院における郵政民営化法案の否決を契機として衆議院の解散が行われたが、これは、ドイツで連邦理事会(連邦参議院)での議席喪失を契機として連邦議会の解散が行われたのと、ある意味パラレルに見ることができ、興味深い。

シュレーダー首相らは、解散の理由として「改革政策を遂行できる多数を失った」と主張しているが、この点も、郵政改革が与党内で支持を得きれなかった小泉首相と通じるものがある。

口頭弁論では、オットー・シリー(Otto Schily)内務大臣が、基本法では連邦議会・連邦首相・連邦大統領の相互コントロールが期待されているので、連邦憲法裁判所は判断について謙抑的になるべきであると主張したほか、解散の合憲性を訴えた。

連邦憲法裁判所の第二法廷は8人の裁判官(男性6名・女性2名)により構成され、今回の事件の主任裁判官(Berichterstatter)はウド・ディ・ファビオ(Udo Di Fabio)判事。主任裁判官は、判決原案を起草するため、判決に対する影響力が大きい。

判決は、8月末までないし9月初めまでに出される見込み。

〔選挙の行方〕

連邦憲法裁判所の判断に委ねられ、そもそも実施されるかどうかも不確定な9月18日の総選挙であるが、既に各党のマニフェストも策定され、選挙戦は始まっており、しかもかなりの混戦になる見込みである。

日本のメディアの中には、野党キリスト教民主同盟(CDU)・キリスト教社会同盟(CSU)の圧勝、SPDの敗北、という予想を簡単に報じているものも見受けられるが、事はそれほど簡単ではない。

確かに、フォルサ(forsa)の世論調査(8月8日)によれば42パーセントの支持を得ているCDU・CSUは、28パーセントしか支持のないSPDに圧勝する公算が高い。しかし、議会で多数派をとれるかどうかという問題はこれとは別である。

CDU・CSUは、選挙で勝利した場合には自由民主党(FDP)と連立政権を組むとしているが、フォルサの調査によれば、FDPは7パーセントしかない。したがって、CDU・CSUと合わせても49パーセントにしかならず、これでは過半数は取れない(なお、ドイツでは比例代表制により基本的な議席数が決定する選挙制度を採用しているので、政党に対する支持投票が政党の議席に比例する構造となっている)。

そこで、浮上してきたのが、CDU・CSUとSPDが連立政権を組むという、「大連立」の案である。これならば、安定多数を確保できるということで、SPDのハンス・アイヒェル財務大臣やヴォルフガング・クレメント経済大臣がこの可能性を認める発言をしている。一見ありそうにない選択肢だが、政策の面から見てみると、中道左派のSPD、環境・平和政党の緑の党、左派の新党左派政党(Die Linkspartei)の三者のうち、実は、中道右派のCDU・CSUと政治的な方向性が近いのはSPDである。

しかし、選挙前に連立予定の相手との関係を悪化させるのはまずいという思惑もあり、CDU・CSUの執行部もSPDの執行部も完全に否定している(特に、SPDの執行部は、緑の党からの批判もあり、火消しに努めている)。だが、ヴォルフガング・ベーマー(Wolfgang Böhmer)ザクセン=アンハルト州首相のように、CDUの内部からも、「選挙の結果、計算上それしか選択肢がないのなら」という条件で容認する発言をする人も出ている。

そもそも、今回の選挙では有権者の投票行動には読みきれない部分が多い。フォルサの世論調査によれば、5月末には49パーセントが政権交代を望んでいたはずだが、今月初めには43パーセントまで低下した。反対に、政権交代に反対する人は、44パーセントから51パーセントまで上昇し、過半数を占めるに至っている。

また、前述のように政党の支持に関してはCDU・CSUが42パーセント、SPDが28パーセントと前者が大幅にリードしているが、それでは誰が連邦首相に適しているかという質問になると、結果は逆転し、CDU・CSUの連邦首相候補であるアンゲラ・メルケル党首が39パーセントであるのに対して、SPDのシュレーダー現首相が48パーセントとリードしている。

最近では、メルケル党首が、給与に係る費用を削減することにより「手取りの給料が増える」というべきところを「額面の給料が減る」とまったく反対の発言して問題となったほか(経済問題に対する無理解を曝け出したとされる)、シュレーダー首相との一騎打ちとなる候補者討論会(Duell)の二回目を受けて立たなかったことで、有権者の印象を悪くしたといわれる(テレビ・ショー仕立ての一騎打ち討論会は、前回の選挙で導入されたが、前回は2回行われた。なお、今回の一騎打ち討論会は9月4日の予定)。反対に、シュレーダー首相はテレビ討論会への出演などで有権者の印象を高めたといわれる。

前回の選挙でも、当初はCDU・CSUがリードしていたが、選挙戦でSPDに猛烈に追い上げられて敗北した苦い経験があるが、敗因の一つは党首討論会だったと見られる。この討論会で、イラク戦争に関する両候補(シュレーダー首相とシュトイバー候補)の立場の違いが浮き彫りになり、イラク戦争派兵を嫌った多くの有権者がSPDに投票したという経緯がある。そもそも、シュレーダー首相は弁論にかなり長けている。

ただ、今回の選挙戦が混戦となっている原因は別のところにもある。今回の選挙にあたって、SPDからオスカー・ラフォンテーヌ元財務大臣ら党内の左派が離党し、新党「労働と社会的正義―代わりの投票先(Arbeit & soziale Gerechtigkeit – Die Wahlalternative、略称WASG)」を立ち上げ、それが民主社会党(PDS、東ドイツの旧社会主義統一党の残党による政党で、旧東独地域で現在も議席がある)と合流して「左派政党(Die Linkspartei)」なる新党を立ち上げ、この新党が有権者からかなりの好評を博していることにある。

フォルサの調査によれば支持率は12パーセントとされ、これはFDPや緑の党(ともに7パーセント)よりも格段に多い。新党左派政党がこのように人気を集めている原因は、既存政党に対して嫌気がさしている有権者が多いことにあると見られている。

このため、SPDに対する不満票がCDU・CSUではなく新党に流れており、このためCDU・CSUが余り伸びていない。前回の選挙の経緯に鑑みると、選挙戦に伴いCDU・CSUの退潮傾向にさらに加速がつく可能性もあり、(連邦憲法裁判所の動向も含めて)目が離せない状況となっている。

〔関連記事〕